第3期第4回:優秀作品


柳川昌平 『アスリートの魂』(2011/7/11,10:55~放送、NHK総合)

 もしレディ・ガガが『徹子の部屋』に出演していなければ話題になったはずなのが、同日夜にNHK総合で放送された『アスリートの魂』だ。毎回一人のスポーツ選手を追う30分のドキュメンタリーは今回、Jリーグ柏レイソル所属のフォワード北嶋秀朗選手(33)に密着した。華々しいデビューから一転、度重なる怪我のために「終わった」と思われた選手が現在、上位チームを最前線で引っ張っている。そこには一体何があったのか。…サッカーファンでなくても、感動的なドラマを期待してしまう導入部だ。しかしすぐに、その見方は大きく修正させられた。なのにそれが嫌ではなく、見ていて最後まで心地よかったのだ。
 もちろん、感動的な部分もあった。初期のパワー型のプレースタイルから、怪我をしないように相手との接触を減らすスタイルに変えたことを、「出来ないことが出来るようになった」と肯定的に捉える姿はかっこよかった。しかし、そういうインタビューやプレーするシーンは番組の一部だけなのだ。その他はほぼ、自転車に乗ったり喫茶店で食事したりする、グラウンド外での質素な生活ぶりばかりが映っていた。しかも質素なのは見た目だけではない。象徴的だったのが、自宅で子供たちと自分の試合映像を見る場面。幼い息子の「僕も学校でこういうシュート打ちたいな」という質問に、「打てるよ…」とだけ答えていた。打てるよ、の後に続く言葉を期待した子供たちは、申し訳なさそうな様子だった。
 しかし、感動できない場面を逆につっこみながら楽しめた、というだけでは最後まで見ようとは思わない。何とも言えないリラックス感がよかったのだ。その理由が実は、上記でも触れた喫茶店だ。何と、この喫茶店に北嶋選手は週に9回通い詰めているという。しかも、通い始めて15年!毎食同じ、豚肉と野菜炒めの定食&カフェオレ!「子育てに忙しい妻に代わって栄養管理をしてくれる」というナレーションには、家庭生活を心配してししまうものの、それを上回る潔さを感じたのは、地味な喫茶店での場面を番組の軸に据え、30分を乗り切ろうとする制作側の姿勢だった。番組には他の有名選手も、奥さんも出てこない。結果、喫茶店のマスターとのやりとりが番組のメインを占めていた。狙いとしては、馴染みのマスターを通して選手の本音を引き出したかったはず。しかし、北嶋選手もマスターも、余り人との会話を楽しむタイプではない感じの二人だった。北嶋選手は食後に携帯でブログを更新し、あとは漫画を読むだけ。マスターは干渉しない。そんな静かな時間が、体感的には番組の半分以上だったと思う。見ているこちら側も喫茶店にいるような気持ちになった。
 そんな中、一つハイライトを挙げるとすれば、ある試合後の様子だ。何試合か無得点が続いた北嶋選手が、苛立ちが募ったのか、元同僚の相手チーム選手に明らかなファウルを犯す。試合後、店を訪れた北嶋選手。誰もいない店内には、どことなくピリッとした空気が流れる。スタッフもファウルのことは聞けない空気だ。しかし、マスターがそっと懐を探ったのだ。「倒した後、相手に何も言わずに立ち去ったじゃない。人が変わったのかと思ったよ。」とドキュメンタリーとして絶好のパスを出したのだ。しかし、北嶋選手が応えたのは「ははは…」だけ。また静かなシーンに戻っていった。
 繰り返しになるが、そこ以外は心から落ち着く番組だった。後半、店を好きな理由を聞かれた北嶋選手が、漫画棚にある『H2』を指し、「26巻だけ無いんです。こういうとこがいいんですよね。」と店のゆるさをゆるくアピールしていた。愛すべき選手だと思う。同番組では6月になでしこジャパンの澤選手の特集が組まれたばかりだが、ぜひ他のメンバーからも、なでしこ版北嶋選手を発掘してほしい。

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