第2期第1回:優秀作品


鈴木理恵子「庭劇団ペニノ『アンダーグラウンド』」

 医大生だったタニノクロウを中心に結成され、演劇のフレームを拡張するように活動を続けている庭劇団ペニノ。『アンダーグラウンド』は、2006年に公演され話題を呼んだ作品の再演となる。本作もまたタニノの研修医時代の体験が元になっている。舞台は手術室。左右には生バンドと映像技師。執刀の様子を映すモニターが両側に置かれている。右後方には手術の経過を知らせるデジタルクロックがある。このような配置に、観客は常に視線を水平に動かすことになる。
 女ばかりの医療チームと患者の大男、そして指揮者の衣装をまとったマメ山田がうやうやしく挨拶をし、これから始まる手術ショーについての説明を始める。どうやらショーを支配しているのは指揮者らしい。ではなぜマメ山田は、演出家ではなく指揮者なのだろうか? それはこの手術ショーが音楽ショーであることにほかならない。バンドの演奏はもとより、手術器具の音、患者の身体から発せられる音、観客席の雑音、それらは等しく音楽として扱われる。つまり、人間も音を出す道具というわけだ。ここではすべてが音楽に奉仕する仕掛けなのである。
 これはいったい何の手術なのか? 理由が明かされることもなく内臓が摘出されていく。手術着と大きなマスクで覆われた役者たちは、最小限のセリフと動きだけで演じなければならない。前半は単調な手術シーンが続くが、後半に入るとエンターテインメント性が強くなってくる。役者たちの役割分担が明確になり、動きの少ない前半部分は後半の展開のために必要な時間であったことが分かる。観客の意表をつくように異様な現象が現れ、拡散する前に収束し、また現れる。ラスト間近に不意に天井近くから下がっていたスクリーンが赤く染まり、医師たちの影が黒々と浮き上がる。鮮烈な赤と黒のコントラスト。日活時代の鈴木清順の映画を見るようで興奮したが、観客はここで初めて視線を垂直に動かすことになる。巧妙な視線の誘導は、覚醒に近い感覚をもたらすだろう。残された時間を知らせるデジタルクロックが緊張感を高める。残り1分。果たして、手術は成功するのか…。
 非常によく計算され訓練されたパフォーマンスショーを見たという感じだ。ペニノの芝居はインスタレーションのようだと言われているが、タニノクロウは演劇的な物語、ストーリーの展開には興味がないんじゃないだろうか。事物自体に本質的に備わっているドラマをすくい上げようとしているようだ。タニノの演出には観客に一体感のような共犯関係を強いるところがなく、即物的な感覚に貫かれている。観客はただペニノが作り出す世界に立ち会うしかない。"意味という病"にとりつかれた私たちを翻弄するように、グロテスクなファンタジーを見せてくれる。いや、この言い方は適切ではないだろう。元来、ファンタジーとはグロテスクなものなのだから。

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