第2期第4回:優秀作品


杉田協士『時をかける少女』(監督:細田守)

 ちょっと遅れるって何だろうって、よく考える。この前は草刈りをしていたときに。草刈り機の先端の刃をうっかりトラクターに接触させてしまった。刃が跳ね返り、火花が散った。呆然としていると、右腕に痛みを感じる。見ると、鉛色の小さな粒が数カ所刺さっている。よく見る。刃の破片だと気づく。気づいた頃に血が滲んでくる。これはよくないと思う。機械を肩から降ろし、水場に向かう。傷口を洗う。そのとき、母が麦茶を盆に乗せて持ってくる。母さん毛抜き持ってきて、あと消毒液も。はいよ。母が戻ってくるのを縁側で待つ。毛抜きを渡される。ひとつずつ破片を抜き取る。奥に食い込んでいるのは時間がかかる。すべてを抜き終えたところでまた水で洗い流し、消毒液を当てる。次の日、熱が出た。
 ひとつのことが起きて、そのことにちょっとずつ遅れながら、気づいて反応して、動いていく。自分はいつも、ちょっと遅れることしかできない。
 先日、細田守監督の長編アニメ『時をかける少女』をひさしぶりに見返した。そこには、ちょっと遅れずに何とか先回りしようとする女子高生・真琴の姿があった。
 ある日、タイムリープの能力を身につけた真琴は、たとえば妹の美雪に食べられてしまったプリンを食べるために、親友だと思っていた千昭(男)からの告白をなかったことにするために、能力を使う。自分に起きるあらゆる不都合な事態を回避するために、過去に戻る。
 唯一、真琴が自分の能力について相談している叔母の和子は、あなたがそうしている分、誰かが損な目にあってるんじゃない? と口にする。微笑みながら。それは真琴には思いも寄らない言葉で、顔が曇る。和子は構わず、真琴が差し入れたケーキをフォークで掬い、口に運び、「おいし」と呟く。そのケーキは、真琴が能力を使って貯めた小遣いをもとに買ってきたものである。どんな事情であるにしろ目の前に、好きである(らしい)ケーキ店のケーキがある。好きなケーキがあるのだから、食べる。食べると口に味が広がる。「おいし」と呟く。和子は無理なくちょっと遅れて生きていく存在として、真琴の隣にいる。
 元々、真琴もこの作品のはじまりではそうだった。フレームの外から投げ込まれたキャッチボールの球をグラブで受け取り、「まことー!」と呼びかける声に振り向き、隣の理科準備室から聞こえる物音に反応してドアを開く。
 けれど、タイムリープの能力を身につけてからは先回りすることを覚え、次第に、声をかけられて返事をするというリズムすら失っている。そして、和子が言うように損な目にあっている人たちがいると真琴は気づく。その状況を打開するために真琴は更なる先回りを繰り返し、最後にはタイムリープの能力も失い、もうひとりの親友・功介を事故でなくす。その事態は、実は未来から来ていたという千昭が起こしたタイムリープによって回避される。引き換えに、秘密を伝えてしまった彼は真琴の前から姿を消す。
 悲しみに暮れる真琴に和子が伝える。それでもあなたは自分から迎えに行く人でしょう? と。
 真琴は自室のベッドに腰掛け、考える。どうしたら千昭ともう一度会えるのかを。そのとき真琴はひさしぶりに、ちょっと遅れるのである。てんとう虫が飛ぶ。右腕にとまる。感触が伝わる。左手でその場所を掻こうとしつつ、見る。てんとう虫が飛び立っている。そして…。
 作品のラスト、再び真琴は球遊びをしている。下級生から投げられた球の描く道を予想しながら反応し、掴み、掴んだそれを今度は功介に向けて投げる。真琴は去っていった千昭から、人類の未来が明るくないことを知らされている。絶望的な未来に向けての時間を生きる真琴は、けれど、先回りすることもなく、目の前のことにちょっと遅れながら、千昭と約束した小さな目標を携えて、生きていくことを選ぶのである。それでいいのだという真琴の決意を見た気がした。そして、瘡蓋になった右腕の傷を見ながら、自分もまた真琴のようにこの先の時間との向き合い方を考えているのである。

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