第3期第3回:優秀作品


鈴木理恵子 Brian Eno『Small Craft On A Milk Sea』

 ブライアン・イーノの音楽は、いつもここではないどこか遠くから鳴り響いているようだ。それは古い寺院の中庭や、遥か彼方まで続く砂丘、深海、深く青い森の繁み、雨にけむる空港であったりする。
 アンビエント・ミュージックの創始者であり、ジャンルを超えて刺激的・実験的な作品を作り続けているブライアン・イーノ。ソロ名義としては5年ぶり、全編インストゥルメンタルのこのアルバムは、エレクトロニカアーティストであるレオ・アブラハムスとジョン・ホプキンスとの共同作業によって作られている。それは「作曲」ではなく「即興」的な作業であったとイーノは語っている。これが「即興」のように作られたとは驚きだが、もはやどのような音楽(音響)も容易く生み出すことができてしまう巨匠にとっては、若き才能との自由で原初的な作業は喜びと発見に満ちたものだっただろう。
 アルバムは3つのパーツによって組み立てられている。@〜Bは、穏やかで幽玄なアンビエント。精緻に磨き上げられた音の連なりがゆるやかに空間に溶け込んでいく。C〜Hは、一転してパーカッシブなリズムにノイズが絡み合うビートの効いた楽曲が並ぶ。闇を切り裂くように響くレオ・アブラハムスのギターも印象的。最も即興性が感じられるパートである。そして、I〜N(日本盤はボーナストラック付き16曲)は、再びノン・ビートなアンビエントに移っていく。@〜Bでみせたヒーリング的な色調は薄まり、独自の音響世界が広がっている。別の世界への入り口に飾られている抽象画のような音楽、というとあまりに感覚的過ぎるだろうか。聴くたびに新たな風景が立ち上がってくるようだ。
 生成される風景=空間、つまりはそれがアンビエントでありアルバムコンセプトである「音のみで作られた映画“sound- only movies”」ということなのだろう。架空の映画のための音楽というわけだ。リスナーが映像を描くことでこのサウンドトラックは完成するのである。

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