第3期第5回:優秀作品


田中孝枝 映画評 『A』(森達也監督)

 1994年。女子高生だった私と友人達は、上祐派と村井派に分かれていた。どちらもいわずと知れたオウム真理教教団幹部であり、その頃、テレビで彼らの顔を見ない日はなかった。当時はまだ、基本的にオウム真理教は異質なカルト集団として取り上げられることが多く、過熱して行くマスコミの報道やバッシングに対しても、外報部長である上祐氏は「教団は被害者である」と訴えていた。
 あの凄惨な、地下鉄サリン事件や坂本弁護士殺害事件の実行犯逮捕は、翌1995年のことである。
 そして1996年3月。ちょうど、地下鉄サリン事件から1年。この映画は、1年後の「オウム真理教南青山総本部」を映し出すところから始まる。既に教祖である麻原彰晃は逮捕され、いくつかの犯罪に関わった幹部連中もいない。雑然とした教団本部で、眼鏡の青年が鳴り続ける電話に対応し、声を荒げて「質問はFAXで送ってもらうように」と指示を出す。彼がこのドキュメンタリー映画の中心人物であり、事件後に教団の顔となった広報副部長の荒木浩氏である。森監督は約1年間、彼に密着し、団体内部からのオウム真理教を撮影している。
 内部から撮影する事で、映画は教団側の馬鹿げた教えや考え、まともに見えない生活を赤裸々に映し出した。(不潔な部屋。不可思議な張り紙。冷蔵庫には大量の昆布醤油。その漬け込んだ昆布を大量に白米に乗せただけの食事)。教えに傾倒し本気で信じ込む信者は一様に「自分の信じたいものを必死で信じる」と言うスタンスを崩さず、状況が悪くなればなるほど、頑なになっていくようにも見える。その光景はやはり異様だ。しかし同時に、教団側から撮影された映像は、教団を取り囲むマスコミや警察にも目を疑うような行動があることを映し出す。マスコミは皆不躾でそのやり取りは見ているだけでこちらも疲弊してしまう。94年当時、口のうまい上祐氏にマスコミは「ああいえば上祐」なんて渾名をつけたけれど、教団に取材交渉を行うマスコミはまさにそんな感じ。不当逮捕としか思えない方法で身柄を拘束する警察には、その現実の残酷さに、絶望的な気持ちにすらなった。かつて、教団がそう教えたように、人は正義と言う大義名分さえあれば、他人を傷つけ不当に扱うことを、こんなにも簡単に良しと出来るのだ。だが同時にそれは、警察もまたその方法を選ばざるえなかった、という現実でもある。
 もう1つ、この映画が見せているもの。それはやはり1年という時間である。荒木浩と言うどこにでもいそうな青年が激動の1年の中で明らかに変化していく様。前半、オウム真理教を批判する番組をチェックし笑う彼は、秋以降にはもういない。1996年12月。元信者が解散を訴える映像を食い入るように見つめる目は涙ぐんでいるようにも見えた。弁護士会館前でオウム真理教に対する破防法適用を訴える演説には俯いて顔を上げない。週刊誌の中の「元幹部の愛と性」と言う言葉をどんな思いで見つめたのか。
 それが善であれ悪であれ、自分がアイデンティティをかけて信じていたものが揺らぐ瞬間が、この映像はちゃんと映し出されていた。更に後半。彼と監督の会話は非常に興味深い。基本的にこの映画は信者の言葉や映像だけで時間が進み、監督自身の主張や言葉が目立つことはない。それは、監督が撮影において中立の立場でいる事にこだわるからだろう。しかしここで森監督は、前述のマスコミのような態度とは一線を引きつつ、それが正義の側からの追求にならぬよう、慎重に言葉を選び青年の内面にメスを入れる。結果的にそれはただのインタビューではなく、関係を結んだ2人の人間同士の対話となる。そして青年は黙り込んでしまう。結局、黙り込んだ末、教団に居続ける理由を何とか探し出し言葉を紡ぐのだが、そこには、彼と言う人間の迷いが垣間見え、それを見ている私は、改めて正しいって何だろう、と悶えるのだった。

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