第3期第1回:優秀作品


鈴木理恵子 書評 坂口恭平著『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』

 《何も持たない人間でも生きていく方法がある》と唱える本書から、今最も必要な情報を読み取ることができるだろう。示唆に富んだ一冊である。
建築探検家と呼ばれる著者は、これまでにも『0円ハウス』(リトルモア)、『TOKYO 0円ハウス 0円生活』(大和書房)など路上生活者の暮らしぶりを伝えてきた。本書はその延長線上にある。<都市の幸> を利用した「都市型狩猟採集生活」の提案である。
 <都市の幸>とは何か? すなわちゴミである。太古の人間が海の幸・山の幸を享受したように、都市にあふれるゴミを大地の恵みと見なし、ゼロから衣食住を確保する方法が伝授される。公園をトイレや洗面所として、コンビニは廃棄弁当を生み出す冷蔵庫、各地のゴミ置き場は<都市の幸>をもたらす実りの場所として利用する。都市全体をまるで自分の家のように機能させる新たな視点の獲得である。声高に社会や法律の変革を求めるわけでもなく、思考の転換と刷新を促す。それはスマートで、優雅で、合理的である。著者の提案は今あるシステムを最大限に利用する営みである。  確かに何も持たない生き方は魅力的だ。錬金術師のようにゴミを生き返らせる着想にもワクワクする。けれども「都市型狩猟採集生活」を志向することは、同時に「まだ着られる衣服」や「高価なアクセサリー」「ワイン1ダース」がどこかで捨てられるのを希求することでもある。逆説的な意味で、この思想は資本主義に貫かれている。あらゆる人たちが「都市型狩猟採集生活」を志向すれば、豊潤な<都市の幸>もやがては失われる運命にある。
 だが、そんな矛盾は著者にすれば百も承知だろう。実際にすべての人が「都市型狩猟採集生活」を志向することはあり得ないし、格差は広がるばかりだし、行き場を失った<都市の幸>は排出され続けるだろう。机上の空論など無用とばかりに、自力で生きていく知恵が必要だと説く。本書の意義は実践をすすめるものではなく、「家」「仕事」「生活」についての先入観を剥ぎ取り、自分の目で本当に必要なものを見つけることにある。現代を生き抜く創造力を身につけることだ。避けがたく大きな暴力の前では「家」も「仕事」も「生活」も意味を成さないことを、すでに私たちは知っているはずだ。異端の建築家は、躁病的な熱さで挑発し自己改革を求めている。

↑ページ上部へ