第3期第3回:優秀作品


田中孝枝 たむらぱん 「ナクナイ」

 3月以降、たむらぱんの「ズンダ」を聴き倒している。TVKの音楽番組・sakusakuの主題歌であるこの歌は、OPに20秒程度流れていただけだが、やけに耳に残ってそれまでもよく口ずさんでいた。<ああ毎日を/ドキドキしても晴れた空/君の力になるよ/たまには道草しても良し/ああ!?>という割ときちんとした歌詞なのだけど、最後の<ああ!?>はそれまで口にした良い事全てを帳消しにするような、煙に巻いてしまうような歌い方をする。そのせいか<ああ!?>は「なーんてね」と言っているようにも聞こえるし、(解ってるんだよそんな事は!)という絶望にも聞こえて、面白い。歌い出しの気持ちよさやすぐに覚えてしまったメロディもあいまって、気づけば口ずさむようになっていたのだ
 耳に残る明快なメロディ。素直なのかシニカルなのか計りかねる独特の歌詞。たむらぱんの描く世界はこのたった20秒程でも充分に表現されている。加えて短い時間でイントロから歌い出し、盛上げて〆、更にオチまでつけるという1曲としての完成度の高さは、多くのCMソング(<た〜ける〜とのぞみー♪>で始まるFit'sのCMなど)を手がけてきた彼女の真骨頂と言える一曲かもしれない。
 その「ズンダ」が収録された彼女の3枚目のアルバム「ナクナイ」は全体的にキャッチーで楽しいアルバムである。アルバム全ての曲はたむらぱんこと田村歩美が作詞作曲編曲を手掛けており、その世界はとっつき易い。聴きとりやすく、すぐにでも歌いだせそうなメロディに、多数の楽器を加えるアレンジ。それらは曲に膨らみを与え、華やかなものにしている。弾むような、軽やかなピアノの音はリズミカルで気分を高揚させるが、一方で華やかさの中の泣きを際立たせる事もある。その曲に合わせられる歌詞は一見前向きな応援歌なのだが、矛盾する人の心の機微やシニカルな現実も素直に描かれる。例えば世界を竹のようにしなやかに生き抜けよう、と歌う「バンブー」は<今居る自分を信じて進め>という前向きな言葉と<扉開いたらその向こうが何処かまで続いてたら・・・と思うけれどでも本当に続いちゃ困る>という現実的な言葉が一緒に並ぶし、<叱られた時は素直にそっとごめんなさいと言おう>と歌う「ごめん」ではそうやって謝った後に<後ろ振り返ってぺろりと舌を出そう>という言葉がセットだ。そして「ごめん」の中ではそのどちらをも否定するのではなく、とりあえずのごめんは<仲直りできる最初の方法>と歌い、舌を出すのは<愛の表現だ>と肯定する。これらの矛盾した言葉や現実的な言葉は、歌詞が無根拠に前向きになってしまう事を防いでいる。同時にこれらの牽制が入ることで、現実に即した歌に聞こえ、却って、一緒に描かれる前向きな言葉に説得力を与えている。言葉の大風呂敷を広げるような応援の仕方ではなく、至極近しい人が迷いながら応援してくれているような言葉達を、キャッチーなメロディに乗せることで無理なくリスナーの耳に届けているのがこのアルバムなのだ。
 個人的な一押しは前述した「ズンダ」。<僕は知っているのさ/今日は一年前の君とは違ってんだ/ひと回りして大きくなって慎重になったんだ>と言う歌詞は、まるで一年後の自分が今の自分を応援しているようで。歌全体に感じる<君>と<僕>の近しさや、設定する未来が一年後、と言う現実感は<明日はやってくるから>という不確定な未来をするっと信じ込ませてしまう。おまけに、描いた未来の<君>は<慎重になった>だなんて。年を経て大人になったことを肯定しているような歌詞は、小さいけれど確実な希望に満ちていて、何度も何度も聞いてしまったのだった。

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