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課題 『時をかける少女』
想定媒体 なし
文字数 1600字

 

 これまでにも繰り返し映像化されてきた『時をかける少女』。本作は初めてのアニメーション作品である。監督は、『ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』の細田守。筒井康隆の原作から20年後の世界を舞台にし、主人公の姪を新たなヒロインにしたオリジナルストーリーである。
 東京の女子高生・紺野真琴は、ある日突然、過去に遡れるタイムリープの能力に目覚める。タイムリープを利用して、過去を自由にリセットする真琴。しかし、過去の書き換えは真琴の周囲にも影響を及ぼし、事態は思わぬ方向に転がり始めるのだった…。
 例えば、宮崎駿が監督するジブリの作品は、ヒロイン=少女へのあくなき欲望と妄想と執着によって成り立っている。それが宮崎駿の作家としての一貫性であり、その欲望の強度によって宮崎アニメはリアリティと一般性を獲得しているといえるだろう。だが、細田監督にはそのようなヒロインへの強い欲望は感じられない。監督がキャラクターデザインを手懸けていないこともあるが、何よりもこの映画が、監督のではなく、観客の欲望と妄想を再現しようとしているからだろう。揶揄ではなく、マーケティングと戦略は必要である。さまざまな制約の中でどれだけ表現したいことを表すことができるか。アニメーションという過酷な現場で情熱を失わずにいられるのか。この二つの命題に誠実に応えようとしたのが、細田版『時をかける少女』である。
 山本二三による背景が素晴らしい。この映画のリアリティを支えているのは、端正で抑制された風景描写によるものが大きい。貞本義行によるキャラクターは、マニアックに閉じることを避け、ギリギリの一般性と通俗性を持ち得ている。このさじ加減は巧妙である。走ること。跳ぶこと。転がること。真琴はこの三つの運動によって造形されている。青い空、強い夏の日差し、教室、階段、理科室、昼休みのグラウンド、放課後のキャッチボール、夕暮れの二人乗り自転車。むせかえるような青春の符号は、下手をすると凡庸なだけのクリシェに成り下がってしまうだろう。
 細田監督は、青春の輝きと喪失を正面から描くことで、それを回避しようとしている。タイムリープの能力を得た真琴は、過去を自由にリセットすることで現実を変えようとする。だがそれは過去の世界にとらわれる不自由を手に入れてしまったことだった。かけがえのないものを失い、戻らない時間の大切さに気づく。タイムリープについては矛盾もあるのだが、物語の整合性よりもメッセージ性のほうを優先させたのだろう。自らの意志で主体的に未来に向かって進んでいく真琴を描きたかったのだと思う。
 この映画で最も重要なモチーフは、芳山和子が修復していた絵画である。原作にはないこの設定にメッセージが込められている。真琴はこの絵を未来につなげると千昭に約束する。絵画とはメタファーであり、これまでに作られてきた多くの作品の総体である。その中には、筒井康隆の小説『時をかける少女』や、大林宣彦監督の映画『時をかける少女』も入っているだろう。先達作品への敬愛と、この作品もまた未来につなげていくのだという自負と決意が、真琴の言葉には込められている。それはまた、ものを作り伝えたいとする有名無名のクリエーターたちが抱く共通した願いでもあるだろう。
 何かを選ぶことは何かを捨てることであり、ときに誰かを傷つけることにつながってしまう。それを成長と呼ぶのならば、痛みになれてしまうことが、可能性という選択肢を失っていくことなのかもしれない。希望と失望を知る姿に、制服という少女を美しく輝かせる魔法が加わる。繰り返し映像化されるのは、このあたりが理由なのではないだろうか。

 

[執筆者プロフィール]

鈴木理恵子(すずき・りえこ) ライター
pcmelonxtc@yahoo.co.jp