2011年5月に「N.N.N.2〜あの子のとこまで、ガンガン行こうぜ〜」に出演される3組のインタビューを行いました。
震災で揺れた期間でしたが、そういった中での応募の経緯や異なる背景など丁寧に伝えていただきました。
2010年11月に「N.N.N.〝踊りあかして、また踊る〟」に出演される3組のインタビューを行いました。
若手3組の作品への思い、三者三様の作品における各々の作品づくりの手法など読みどころが大いにあります。
今回、3つのインタビューをそれぞれのページに分けておりますが、最後までお付き合い頂けたら幸いです。
ST通信リニューアル第一弾は、STスポット20周年記念としまして
これまでSTスポットの活動にご協力頂いたアーティスト
関係者の方々から御寄稿頂きました。
御寄稿頂きました皆様には重ねて御礼申し上げます。
ご挨拶
1987年にSTスポットが横浜STビルの地下に誕生してから、昨年11月で満20周年を迎えました。この20年の間に、劇団、ダンス・カンパニーをはじめとして、さまざまなアート分野で活動する人たちがこの場所に関わってくれました。行政とNPO(以前は市民有志のグループ)の協働による劇場運営を継続してきたこと自体が、日本全国の中でも先駆的な取り組みであったと言えます。
また、2004年6月に運営母体をNPO法人STスポット横浜に衣替えしてからも、早4年が経過しています。その後、アート教育事業や急な坂スタジオの運営への参画など、活動内容も大きな広がりができました。
STスポットとSTスポット横浜を直接支えていただいているのは、「STスポット」の利用者であるアーティストやスタッフの皆さん、舞台を楽しみ支えてくださる観客の皆様です。他にも、横浜市や神奈川県など行政機関や関連団体の方々、民間の助成財団や企業において芸術やNPOを支援するプログラムに関わっておられる方々など、多くの人たちのご助力に支えられてここまで来ました。
私たちは、劇場やアートNPOという器を持続させることで、新しいアーティストが生まれ育つ環境をととのえ、アートと社会とのつながりを強化していくという組織としてのミッション(社会的使命)を持っていることを、この機会に改めて確認しておきたいと思います。皆様には、今後とも引き続き、力強いご支援を賜りますようお願い申し上げます。
お祝いの言葉
ビルの地下にある56平米の空間に、これほどの可能性が秘められていようとは、開設当時のだれが想像していたでしょうか。この空間には、チャレンジしようという若者たちの熱意が集まり、20年間変わらぬ泉として、みずみずしい表現の瞬間が、そこから生まれ続けてきたのです。
横浜市の文化施策の中で、「先駆的」という言葉がこれほどふさわしい事業も他にないと思います。今、横浜ではアートNPOと行政との協働が進められていますが、STスポットは、まだNPOという概念すら一般的ではなかった20年前から、行政が施設を運営する方式ではなく、舞台芸術の表現者の側に立った運営ができるようにするために、市民団体による運営委員会方式を採用されました。以来、情熱を持ったスタッフによる柔軟かつ意欲的な運営がなされ、数々のアーティストがここから巣立つなど、NPO法人となられた今日まで数々の実績を築いてこられたのです。
若手劇団やダンスカンパニーにとって、STスポットは、単に場所を提供するだけではなく、公演を行うにあたってのきめ細かいアドバイスをもらえる、頼りになる存在だと伺っています。STスポットでは多くの新進のアーティストが活動を行ってこられましたが、それらの活動は、借り物ではない、横浜独自の文化を創造してきたと思います。また、劇場でありながら、コンパクトな空間であることから、出演者と観客の距離が非常に近く、アットホームな雰囲気があることもこの場所の大きな魅力となっています。
近年は、横浜市が進める文化芸術創造都市づくりにも積極的に関わっていただき、創造界隈形成などに重要な役割を果たすとともに、施設運営の分野だけではなく、アート教育事業部が芸術文化教育プログラムでも多大の御尽力をされるなど、御活躍のフィールドを広げられ、横浜の文化施策の中心的担い手として、周囲の期待はますます大きくなっています。
最後に、横浜の貴重な発信型の劇場として、また未来を夢見るアーティストのよりどころとして、今後のますますの御発展を心からお祈り申し上げ、お祝いの言葉とさせていただきます。
横浜市長 中田宏
STスポット開館20周年、心よりお祝い申し上げます。16年前。初めてシタールの生演奏を聴いた会場・・・これがSTとの出会いだった。何故か、開演と同時に右目のコンタクトが目の裏にズレ込み、演奏中は目に鈍痛を感じながらも、神秘的な音律と涙で拡散した照明に包まれ、「やっぱ、これがインドだよなぁ」と妙に納得して非日常空間を楽しんだ事が思い出される。
同業種の新人だった私にとって、その日以来、STは足繁く通わせていただく劇場になった。当時は、演劇・ダンス・音楽に止まらず大衆芸能・映画等々の公演が多彩に開催されており、さながら「芸術の玉手箱」のような空間だという印象を持った。もちろん、単純に色々な公演が行われる場ではなく、各々の先進性に加え、チラシのデザインやキャッチコピーなど「公演の見せ方」がとても丁寧で、そこからは運営責任者の「志」が伝わっていた。横浜駅に近いとはいえ、奥まったビルの地下にひっそりと存在している小劇場であるにもかかわらず、その「発信力」と「影響力」は都心の大劇場に匹敵し、加えて多くの人材を輩出してきた事も特筆に価する。まさに「山椒は小粒でもピリリと辛い」を地で行くような施設なのだ。
「どうしたら、この様な劇場運営ができるのだろう」・・・いつしかSTは、私にとって目標と言うよりも「教科書」的な存在になっていた。実際に当時、自分が担当していた劇場の企画運営において、岡崎さんや坂本さんから色々と親身なアドバイスを頂き、そのノウハウを随分と転用させていただいた。この場を借りて、両師匠に感謝申し上げたい。
その後、縁あって2年間ほどSTの運営に関わらせていただく時期を得たが、「施設経営」という観点から、細かいデータ分析を基に課題を見つけ出し、その解決に向け理事や職員の方々が一致団結して取り組む姿勢には、ただただ感服させられた。自分がどこまで役に立ったのかは甚だ疑問なところではあるが、ここでも沢山の事を学ばせていただいた。と、同時に出会った仲間たちとのネットワークは、その後の私にとって非常に大きな財産になっている。
このような経緯からも、今年度、私が勤務している「横浜にぎわい座」地下の小ホール(通称:「のげシャーレ」)を活用した事業をSTと協働開催できるのは、非常に感慨深いとともに、ここ数年は疎遠であったSTに期せずして「復学」の機会を与えられたようで至上の喜びでもある。
筆者プロフィール
森井健太郎(もりいけんたろう)
横浜にぎわい座副館長。2年間の青年海外協力隊活動を終え、1991年 (財)横浜市文化振興財団に入社。岩間市民プラザ事業担当を皮切りに、「横濱JAZZプロムナード」「横浜ダンスコレクション」「横浜アートライブ」などの事業運営を歴任。赤レンガ倉庫1号館開館準備担当を経て、2002年より横浜にぎわい座勤務。元STスポット理事。
