司 会: 加藤弓奈(STスポット)
参加 者: 田中啓介(STスポット館長)
中野成樹(中野成樹とフランケンズ,2004年契約アーティスト)
岡田利規(チェルフィッチュ,2004年契約アーティスト)
記録: 新井紘 子(STスポット ボランティアスタッフ)

◇はじめに◇
加藤 まず館長から、なぜ 今回契約アーティストというものを始 めたのか、最初に一言お願いします。
田中
うん。今アーティス トの支援ということが言われているけれども、果たして必要なの は支援なのかなと思うんだよね。それよりも、アーティストと劇場が垣根なく一緒になってやっていくことが大事なんじゃないのかな。
例えば、岡田や中野みた いなアーティストが館長になって、年に2本とか、3ヶ月くらいの公演をやっていく。うちクラスの劇場で、小屋代がかからなくて、なおかつ行政から補助金も 出てるなら、市民に貸さなければならないという制約(※市の条約です)がなければ、そういう運営もできる。そういう目論みも含めて、大事なのは公演の費用 を援助することではなくて、アーティストの生活を保障していくことだと思う。それはつまり才能ある人たちが一番勉強しなきゃいけない若いときに、勉強に時 間を使えるようにする、ということ。他の産業界があんなに発展してるのは、会社が研究のために若い人にお金をあげてるんだよね。給料もらって朝から晩まで 研究して、それで家族を養っていく。そういうシステムが芸術にもないと。公演しないとお金がもらえない、じゃあその公演をするためにそれぞれが研鑽を積む ための時間はどこにあるんだろう。なんとかそれができるところまで行き着きたいということです。
まぁここだけの話、芸術をどうにかしようなんて思っていな い人たちが高い給料もらってて、かたや才能ある芸術家たちが食うや食わずだったり、食うために全然違う仕事をやってたりする状況を打破するには、やっぱり 劇場にアーティストがいないといけないんだ!とか言ってみたり(笑)。
加藤
劇場がただ公演 をうつ場所としてだけじゃなく、その中で創作をしたり勉強したり、そういうことを一緒に見届けるという形で支援をしていきたい、ということですか?
田中 そうだね。ここはレ ンタルスペースだけじゃなく、「劇場」でなきゃいけない。そのためには、アーティストという、ここで責任持ってモノを作る人がいるってことが大事だと思 う。
◇なぜこの2人?◇
加藤 それでは、STス ポットを利用されてるアーティストや劇団さんは色々いる中で、なぜこのお二人を契約アーティストとして選ばれたんでしょうか。
田中 インスピレーション(笑)。まぁプロデュー サーとしての勘です。その勘はなぜっていうと、必要だと思ったから。二人の作品や、こういうモノを作る人間がい るっていうことが、これからの人のためになると思った、大きいことを言うと。
まぁ2人とも全然違うタイプではあるんだけどね。中野はある意味演劇の王道を 行ってる。演劇の悪いところもいいところも全部知った上で、あくまでそれを演劇の中からやっていこうという姿勢が好きだし、岡田は演劇というものに対して 「それはおかしいよね」という立場から、それでも演劇をやっている。岡田は演劇というものを非常にうまく利用しながらやってるんだよね、例えば演劇的な虚 構の仕組みをうまく取り入れたり。たぶん、逆の方向から来てる二人。でも出来上がった作品は同じような方向に進んでる。
中野は真面目なんだよね。ピュアでダイレク ト。そしてその真面目さによって真実に近づいている。岡田は真面目じゃないとは言わないんだけど(笑)、いわゆ る演劇というくくりに囚われず、自分が表現したいことには自由でいいじゃん、という立場。でも結局、最終的には真面目なんだけど。
新井 岡田さんの、演劇を批判しつつもそれを利用し てるっていうのは、具体的にはどういったことをやってるってことなんですか?
中野 岡田くんの芝居を端的に人に伝えるとすると、 「落語」なんだよね。落語の演劇化。落語の地の部分をさ、台本でいうとト書きみたいなとこを全部役者が喋っちゃうの。それをいろんな役者が入れ替わり立ち 替わりでやったりする。そんで時たま役柄に入っていったり、また地に戻ったり。
岡田 あと特徴的なこと言うとしたら、普段自分で 使ってるユルいしゃべり言葉をそのまんま使う、ってこととか。でもそれだけでもなくて、身体所作のこととかいろいろあるんだけど、だからこう言っちゃうと 身もフタもないけど、上演を見ないと分かんないよ。だから新井さんも今度見てね(笑)。
◇2人の意気込み◇
加藤 それでは、契約アーティストに選ばれたお2人 の意気込みというか、この機会に言いたいことなどがあればお願いします。
岡田
僕は横浜で生まれ育って、そしてこの横浜の STスポットという場所に出会ってこんな関係を築けるまでになったのは、とても運が良かったと感じて る。それでこれは前々から思っているんだけど、例えば横浜にすごくおいしいラーメン屋があったとしても、東京からわざわざ来るってことはほとんどないじゃ ない。でもそのラーメン屋は横浜の人間に食べさせて、それでまわっているわけで僕はそのことにすごく憧れを感じるんだよね。別にインターナショナルになら なくても いいわけじゃない。確かにいろんな文化を持った人たちが集まる東京とかロンドンといった場所に出向いてそこで公演するって発想もあるしそういうふうにやり たいというのもあるけど、でも横浜の人間 が横浜でおいしいラーメン食べられたらそれでいいじゃん、っていう、それを演劇でもやりたいなというのもある。
あとは、東京でやってる芝居は面白い、というか面白 い奴は東京に行って東京で芝居やってるはずだ、だから横浜でやってる芝居が面白いはずはない、みたいな感覚ってどっかにあると僕は思ってるんですけど、そ れを 崩したい気持ちはある。東京の人に「観たきゃ横浜来いよ」って偉そうに言ってみたい。で、実際に見にきた東京の人に「グゥ」と言わせたい。今はそれできる 土壌が整ってきた と思う。だって少なくとも田中さんはさ、それをできる人間が横浜には2人もいるんだと思ってるわけでしょ。幸せだよね田中さんは(笑)。
田中
そう。「ここを拠点に」という、横浜で何かを やって横浜を変えていくということを一緒にやるのはこの二人だった。横浜で活動している劇団は他 にもあるけど、そういうことをここで一緒にやっていこうというのじゃなかったんだよね。
加藤
中野さんは?
中野
僕はね、STで一年間やっていくってことに なったときに、きっとキーワードは「しつけ」っていう言葉だなって思ったの。ここ最近7月のプロデュース 公演の稽古を何度か劇場でやらせてもらってて、フランケンの役者が劇場に入り浸っているのを見てるでしょ。そうするとさ、何かまずはこいつらをちゃんとし つけなきゃとか思うのね。自分がちゃんとした作品を創るっていうのと同時に。それは例えば彼らが他のところに呼ばれたりしたとき、例えば日々のマナーから はじまってさ、まぁもちろん演技の上でも、こいつらちゃんと最低限の基礎はできてるなっていう状態にしておかなきゃいけないんじゃないかな、と。とりあえ ずSTに恥をかかせちゃいけないなという気がして。そうなると、これはやっぱり「しつけ」だな、と。それと同時に、さっきの横浜で自給自足するラーメン屋 のように、お客さんの側からも自分たちをしつけてもらわないと困るなとも思った。
岡田
そう、横浜のお客さんがそうじゃないと、力の ある人はやっぱり東京に行っちゃう、そして結局、横浜でやってるとこってのはつまんないかも、ってことになっちゃう。それはイヤじゃない。
◇横浜の芝居と東京の芝居◇
中野
その東京と横浜の芝居ってことなんだけど、俺 は基本的に東京と横浜の芝居って質感が全然違うと思うのね。個人的には自分も含めて、横浜でやられている芝居って、良くも悪くもプライベートな感じがす る。東京はみんな野心っぽい。全体的な肌触りがね。「他の劇団がやってないことをやってやる」とか、「今売れてる劇団はこういう感じだから逆にあえてこう いうものをやってやる」とか。もしくはそういう小劇場界に対抗して、インテリ気取る人たちが「俺たちはきちんと演劇本来の可能性を突きつめて、上演という よりも活動」みたいな。でもそれもみんな野心なんだよ、結局。だから東京は作品を創るときの足の置き場というものが、要は出世争いなんでしょ、みたいな感 覚がある。だけど横浜の場合、すごいプライベート。単純にプライベート。まあ、そんな質感の違いをすごく感じてる。まぁ、これは僕個人の見解だし、こう やって発言してる時点で野心ありありなんだろうけど。
岡田
フランケンズもそういう風にプライベートに芝 居創ってると自分で思う?
中野
思うね。まぁ「フランケンはどんな芝居やって るの?」って聞かれたら、とりあえず「翻訳劇やってます」っていうのが一番手っ取り早いからそう答えたりしてるけど。
それでこの前、7月にやる「ホーム&アウェイ」の企画書を書くときに、田中さんに「なぜ今それをやるのか」ってことを書いてくれって言われたんだけど、結 局それに対するうまい答えが書けなくて。突きつめて考えていくと、俺個人の問題になっちゃう。俺が今、日々もやもや考えちゃうことっていうのが、家族のこ ととか、出生、出産のことで、別に結婚も出産も控えてないけど、どうしても「企画書」みたいなのに必要っぽい大義名分みたいのものがでてこない。演劇界と か演劇自体に向けてのテーマがほとんどなくて。対世間みたいなテーマもほとんど出てこなかった。でも今俺にとって一番切実なことがそれなんだなとも思っ た。だから俺の興味はそういう自分の今にあって、世間とか演劇界の今に対してはそれほど興味はない。でも自分の今っていうのは世間や世界の今に包み込まれ てしまっているわけだから、結局自分一人だけってことはありえなくて、でも、自分一人の今ってものを人前に晒すこ とぐらいしか、世の中とコンタクトをとる方法を俺は知らなくて。やっぱりコンタクトは取りたがってるんだよね。すごく自分サイドからなんだけど。
それでまあ、その自分が一番興味のあるものを一番冷静に考えられるは何だろって考えてて、ぶつかったのが海のむこうの人が書いた作品で、翻訳劇やってる と。
岡田
中野君が翻訳劇やるのって、距離をとるためで しょ。きっとそれだけが理由だろうと思ってるんだけど(笑)。翻訳劇って、翻訳劇という前提がないと 許されないような言葉使ってたりするじゃん、そういうとこを中野君は距離感のために確信犯的に利用して楽しんでるって思う。
中野
うん。逆にナチュラルにしゃべるためには岡田 君の方法論が一つの正解だったんだって思った。一番最初に岡田君の芝居観たときに、「あーこれだー!やられたー」と思ったもん。だからそれ以降は中途半端 に日常会話でしゃべっているような芝居観るとちょっと嫌だなって思う。
岡田
そもそも演劇っていうのは別にナチュラルに しゃべらなくてもいいわけで、ナチュラルにしゃべるのならナチュナルにしゃべる理由が実はないといけないんだけ ど、でも日常的な言葉を演劇の言葉として選び取ることは無自覚に行われることが多いよね、なんせ日常的なことばだからさ。だから正直僕も中途半端な日常会 話の演劇見ると「俺の方がおもしろいんですけど」って思う。
で、中野君はナチュラルってことをどうでもいいと思って演出やってるじゃない。台詞は俳句み たいなもんだからただ言えばいいんだ、みたいなこと言うじゃん。すごい演出だと思うんだけどさ(笑)、そういう中野君みたいな人が、例えば翻訳劇を選んだ りするっていう態度は絶対いいよね。
中野
じゃあさ、岡田君にとっては、岡田君の芝居を お客に見せるってことはどういうこと?あれは、岡田君という人がお客さんに対してなにかしゃべりかけたいっていう欲求?
岡田
うん、そう。さっき演劇という制度に向かう態 度は中野君の方が真面目だっていう話があったけど、でもメッセージを伝えるっていう面で見たら、僕と中野君では僕の方が真面目だと思う。
◇もてなしの心◇
中野
僕は、自分がお客さんと関わりをもつってこと は、お客さんをもてなすってことだと思うんだよ。さっきの話とはちょっと矛盾してるようだけどね。それで、岡田君のもてなしの仕方と僕のもてなしの仕方は きっと根っこが一緒だと思う。
これは美味しんぼの31巻の鍋対決の話なんだけど(笑)、この話を要約すると、海原雄山と山岡士郎が鍋を題材に対決をしようってことになるのね。それで対 決の前に、海原雄山が山岡さんに言うの、『鍋っていうのは色んな地方にそれぞれの鍋があって、それぞれ自分のところの鍋にものすごい愛着を持っている。果 たして究極などと名乗っているお前は、全国各地のみなを満足させられる鍋を作れるのか』って。それで山岡さんすごく悩んで、結局「よろず鍋」ってものを作 るのね。あらゆる具材とタレを用意して、『鍋っていうのは皆で和気あいあいと楽しめるのというのが肝であって本質だ、だから皆でいろんなものをワイワイい いながら楽しく食べましょう』みたいなことをと山岡さんは言うわけ。で、それをみた海原雄山は片腹痛いわと。海原雄山は、ふぐとか松茸とハモとか、至高の 五大鍋っていうのを用意していて、それにはフグチリみたいな大定番も入ったり、最高級の具材料をつかった超高級鍋もあって、いろんな人の反発をかいかねな い鍋たちなの。でも雄山はそれを『俺はこれが最高だと思う』と言って提示する。で、それは本当においしかった。それで山岡さんに、『お前は嫌われたくない 一心で人に媚びている。俺はこれが最高だと思ってそれをお出しした。お前はもてなしの心を誤解している』と。
岡田
それはいい話だ!勇気出た。「俺は山岡じゃな いぞ、よし」って今思った。
中野
でしょ?俺も海原雄山目指したい。
岡田
自分の作品がハモかどうかは知らないけどさ。 まあ心意気としてはハモだぞってのはあるんだけど。
中野
そう、だから自分の作品を自信持って出すしか ないんだよね。「俺はこれが一番いいと思うので、皆さんどうぞご賞味下さい」と。
◇作品を創ること以外に◇
中野
自分の作品を創ること以外に、小屋とタッグを 組むことのメリットもいっぱいあるわけで、それは最終的には自分の作品の質ってところに戻そうとするだけのことかもしれないけど、そのことについて・・・
岡田
その話で聞きたかったのが、この前エントロ ピー(※慶應大学の演劇サークル)と一緒にやったワークショップはどうだったの?可能性みたいなものは感じた?
中野
そうだね、こういう若い人たちと一緒にやるっ ていうのは、自分の作品を創るっていうのとは違う意味合いも感じる。それは奢り高ぶって言えばやっぱり「しつけ」。それとともに、若い人たちとやると、 やっぱり馬鹿にしちゃう部分もあるんだけど、自分の初期衝動を呼び起こされたりもするんだよね。例えば今は春だから、新入生とかいるわけじゃない。そうい う子達は、自分が芝居をやるってことにまだ疑いをもってないの。金になるとかならないとかじゃなく、単純におもしろいから芝居をやってみたい! という さ。今そんな風に演劇やりたいと思っている人たちに、それをどうにか続けさせてあげたいと思ったりもするの。自分の昔の初期衝動を思い出すの。だからつま りはこっちの意識もしつけられるというか、「お前らうちにこもって、自分の作品進化させようとネチネチやってんじゃねぇぞ!」っていう気にさせられる。
田中
そういう役割もあるよね契約アーティストに は。そしてアーティストにそういうことができるような、余裕がある状況を作っていかなきゃいけない、とも思う。
岡田
何ができるんだろうね。俺も何かやりたい。
中野
でも、やり方があると思うよ。難しい。例え ば、俺がエントロピーと組んで芝居をやることになって、役者をオーディションしますってことになったとき、俺が入ってきたばかりの新入生をとって、仕切り 役みたいな4年生の子とかを落としてしまったとき、果たして俺との芝居が終わった後、その集団は成り立つんだろうか、とかさ。でもやっぱり自分の芝居をつ くらなきゃいけないし。誤解を恐れずに言えば、今大学生のやってる芝居なんて全国どれも一緒なんだよ、きっと。例えばその中で岡田君の方法論は、いま彼ら のやっているものから見れば、だいぶ特異なものじゃない? だし岡田君の方法論は岡田君にしか実践できないとも思う。じゃあ、それで大学生とかが岡田君と なにかやったとして、でもその劇団は岡田君のものではないし、終わったあとどうなるんだろう、と。だから、どこまで自分は責任持てるんだろう、ということ を考える。
岡田 でもそれは俺らにはどうしようもないという か、



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